巳影が、なぜ?小説を書き始めたのか?その理由

ある女性から言われた言葉に、「答えを得た」から。

「人を楽しませる物語とは、「幸せで、のんびりとしていて、普通の出来事ばかり経験していては書けません。多くの読者は、「人の不幸話を聞いて、感動する。不幸を経験してきた者だからこそ、人を感動させる物語が書けるのです。」

ちと、反論はあるけどねーー;

不幸なんてさ。巳影が振り返る不幸な話って、ないんだよね。

だって、「経験してきた いじめ も、話のネタになる」

「経験してきた 虐待も 話のネタになる」

「経験してきた 介護の苦労?も 話のネタになる」

「猫と過ごした日々 気管支喘息あっても その死にそうな経験が 話のネタになる」

「4歳から視てきたアダルトビデオ 女体を観察してきた銭湯 女である特権から得られる「裸体の女」 これも話のネタになる。」

「オンラインゲームで費やした無駄な時間かもしれない中にある「人間ドラマ」 これも話のネタになる。」

「背中を刺された経験。めったに人に刺される経験はしない。これも、話のネタになる。」

つきない。かけばかくほど、ネタがつきん。。

この記憶が、巳影に「書け!人生全て書き尽くせ!」と言ってくる。

これが、あの女性から言われた言葉を借りるなら

私は、傍目には、不幸に人生だったかもしれない。

でも、おかげで、素晴らしい人生の記憶を 綴れる。

それを「抵触ぎりぎりで・・・書く」この恐ろしさ。。。

巳影は、この書く瞬間が、一番不幸だ。

でも、書くまでに至る 想像が、たまらなく幸せだ。

なんか、またまとまらなくなった。でも、これでいい。

私らしい。いくぞ!