いろんな方たちの助け アカワン先生・つっちー先生に感謝

母が、入院 おとといのこと

 

肺への転移が原因か・・・熱発 というのだけど、

 

感染症の疑いもあるので、一週間ほど入院することになった。

 

 

在宅緩和ケア

 

当初の希望していたクリニックは、だめになったけど、士長さんが いい人で、色々相談に乗ってくださった。

 

びえいは、少し 腰を据えて、まわりの意見情報を集める。

 

ケアマネージャーからの勧めで、在宅緩和ケアに精通な A先生

 

昔からよくして下さっている看護士さんからの勧めで、同じくケアに精通な B先生

 

びえいは、選択に困ったーー;

 

ケアマネは、よくしてくれる。

 

看護士さんも、もちろん。

 

まだ、入院が長くなりそうなので、早く決めることはない。。。

 

だけど、どうしたものかーー;

 

 

びえいは、よく平気でいられるな。。と自身を振り返った。

 

私しかいない。泣いてる暇はない。

 

事務的に、処理する自分。冷たいもんだなっておもう。

 

 

こんなことを言ったら、母に悪いけど、力が抜けたよ。

 

そして、何かが、軽くなる。

 

こんな感情が、根底にはあったのか?

 

本当は、解放されたいと思ってたのか?わたしって、思った。

 

 

これからのことを考えたら、大変。

 

とはいっても、必死で職探しするには、長距離を歩けない体であり、長時間立てない体であり、長時間座れない体であり・・・かなり、難しいところ。

 

最期の最期まで、母に、心残りをさせることになりそうで、申し訳ない。

 

 

特定疾患の申請が通る保障はない。

 

障害認定は、主治医が、応じてくれる方向に流れそうだけど

 

級数のいくらが付こうが、ハローワークでは、通常業務での職業を選択する場合では、

 

持病を隠して、面接を受けたほうがいい。というアドバイスしかない。

 

それでは、難しいんだよね。

 

障害認定を受けたとして、障害者枠での就労が可能かどうか?

 

主治医の言葉

 

医者の立場から言えば・・・、いますぐ仕事をやめるべきだ。としか、言えない。

 

 

こんなだったから

母は、たぶん、 自分が生きていなければいけない。って、自分の病気を責めている気がしてる。

 

6年前、脳出血で倒れたとき、

 

どうして・・どうして・・わたしが と、泣いてた。

 

びえいから、介護を受けることは、とても、不安だったろうに、

 

それまで、まったく会話のなかった親子だったから。

 

 

母が、大学病院を退院して、また、在宅で介護を開始したとき

 

 

母 「わたしは、いてもいいの?」と、聞かれた。

 

何いってんだろ。。この人って思った。

 

 

なので、こう返した。

 

びえい「私と居て楽しい?」

 

母「うん。」と答える。

 

 

充分だよ。今まで会話できなかった関係から、ここまで、私達成長出来たじゃん。

 

 

やっと、また出会えた。

 

大変だけど、大変だろうけど、想像もつかないけど

 

ケアマネからも、何度も説得されたけど・・・

 

 

この選択で正しいのか、自分の強さが、どこまで試されるか・・わからない

 

けどね。やってみるしかないから。

 

在宅緩和ケアという選択を

 

 

アカワン先生 つっちー先生 本当、感謝してます。

 

アカワン先生の大学の先輩が、在宅緩和ケア専門であったことの偶然には、びっくりしたけど、フォローありがとうございました。

 

この6年間、一番よくしてくださった先生 つっちー先生、誰より感謝しています。

 

本当に、ありがとうございました。

 

そして、まだ、これからですが、不安はありますが、頑張って最期まで、母と過ごしたいと思います。