びえいは、男性への情念がない だけど、生態とその美しさは認める

笑われるかもしれないが

びえいは、決して、性欲が強いわけじゃない。。。

いくら書いても、そう取られるのかもしれない。

だけど、常連なら知ってることを、あえて、復唱する。

びえいは、4歳から、父と母と裏ビデオを視てきた。

好きとかきらいとか、わからないうちから、性教育を受けてきたことになる。

興奮する男女の姿を、目に焼きつけてきた。

びえいは、それで、絵を毎日描いてたから、小学生にあがるとき、担任の前で、春画を書いてみせた。

この頃は、ただ単に、一番描きたいものが、男女のからみだったから、描いた。

大人は、驚いてたし、怒った。。

母が呼び出されて、教育のなんだかんだ言われたらしい。

家に帰ってから、母に叩かれる。

びえいは、ただ、描きたいものを描いただけだ。

たまたま、それが春画と言われる部類だっただけだ。

びえいは、動物の春画を描くよりも、人間の春画を描くことが、好きだ。

びえいが、もっとも興味を持ち、尊敬さえしている画家は、

葛飾北斎の娘 葛飾応為

女でありながら、春画の名絵師でもある彼女。

堂々と生きてる。びえいには出来ない。。。堂々と、春画を描けない。

物語でも、だめだ・・・

不能だし・・・友をみても、なんにも感じないし・・・

昔みた 裏ビデオは、もうない。

あれを超える 男の姿を目にしたことがない。

それ以下・・・絵にもならない・・・ごみ以下・・・

びえいも、ごみ以下なので 言うべきじゃないことはわかってる。。

だけど、あまりに酷い・・・ぜんぜん、あの裏ビデオを超えた作品に出会えない。。

どうして?びえいが、ここまで男女の情念にこだわってるのか・・・

わからない。

失って初めて、気付くのは、生きるとは戦いではなく

エネルギーの放出。

子孫を残すエネルギーの放出。

冷めた男性の言葉・・・こちらも萎える。。。

男にさえ見えない・・・情念を駆り立てない。

想像すらできない。

昔みた あの情念のからみは、どこにも再現不可能なのかもしれない。

いまや・・からみも、言葉で足る。。。

だから、びえいは、情念を感じない物に、描きたい気持ちも湧き上がらない。

びえいは、びえいが知ってる情念の象徴を超える作品でないと

興奮しないのかもしれない。

やっと、言えた;;

ただ、これが、性欲が強いことを指すのか・・・

そもそも、性欲がない。何も感じない。そのせいが、もしかしたら、昔見たあの世界を超える、あの作品を超える情念に出会えなかったことが原因かもしれないと思うと

そこに、治療法があるんじゃないのか?と思う。

このまま、女であることを終わるか、、それとも、あの作品を超えるものを探し続けるか

笑われるかもしれないが、必死なんだ。女を捨てるか捨てないかは・・・