私が知っている ある市町村での職業訓練校の実態

びえいは、職業訓練校に一年いってたことがある

そこでの実体験話すよ

びえいは、パソコンの実技ほしかったから、一年間、雇用手当が支給される制度を利用したの

それが、職業訓練校という選択

そこで出会った 講師の話をしようと思う

印象に残っている 講師 に、職人気質の講師 一人 と 官僚出の 天下り講師 一人 がいた。

職人気質の講師 は、公募から、一般人の人の中から選ばれた人で、教職免許はなく、本当、普通の人だった

授業は、下手。というか、こう言われたことがある。

「あなたたち(うちら学生諸君のことね)は、一年間、この授業を受けるに当たって、就職活動を優先したい人はそうしてくださってもいいですが、雇用手当を受けたかったら、授業を受けているという姿勢だけは示してほしい」

つまり、形だけとっていればいいから。ってこと、言われた。

なんか、気の抜けること言う人だな・・・という印象。まあ、たしかに言ってることが、間違ってないけどね。一年後まで待って、就職先がみつかるか?っていうと、そんな保障は、訓練校に課されてないのだから。

もう一人 官僚出の 天下り講師 なんだけど・・・

しょっぱなから、この人が、びえいの前で発した言葉 は、信じられないものだった。

「もう、俺の人生は、終わりだ。」

何いってんだ?この人。って感じだったけど、授業そっちのけで、何の授業?を始めたか?というと・・・

官僚同士の 出世争いに敗れたという話

本来、この人は、自分が研究してきた成果を認められ、教授クラスに格上げされるはずだった。それが、同僚を含め、上司から「出すぎた」と思われ、更迭?されたって、話だった。

毎日、毎日、「俺は、終わり。もう、だめだ」って、言ってたよ。

びえいは、どちらの人たちも、どうでもよかったので、自分がやりたかったことだけを優先して、通ってた。

だいぶ前の話なので、今頃なんだけど、いまさら、この話をしたのは、

2年ぐらい前に、同時期に同じ職業訓練校に通ってた 生徒の一人 と 久しぶりに会うことになり、そこで、知ったことに、当時の 講師 が送り込まれる背景が視得た から 

職人気質の講師 は、 元官僚の講師 を 毎日、持ち上げてた(ごますってたってこと)

元官僚の講師 は、毎日、毎日愚痴こぼしてた。それを、「しばらくの間の我慢ですよ。先生」と、なだめていたんだ。周りの講師はね。。。

なんの話だろう?って、びえいは、思ったの

その答えが、2年前にわかった。

元官僚講師は、 現在、ある都市部の大きな大学の 教授職 に就いてた

びえいは、聞いた話から、職業訓練のとき、あの先生、人生終わりだなんだって言ってたけど、すごいねぇ^^って、なんの疑いも持たず、喜んでたんだけど

考えてみれば、なぜ?元官僚が、職業訓練校に、流されて?

そこから、しばらくの辛抱だって言われて?

そこから、一流大学の 教授職 に?

どんな流れで、そうなるんだ? って 疑問が生じる

びえいは、世の中の しくみ わかってなかった頃だったから(いまでもだけど)

今思えば、小さな事業所(職業訓練校など、その他)は、次の天下り先を見つけるための「官僚の一時避難場所」なんだってこと が、わかる

一時避難場所 そこに、就職斡旋事業はなく 資格習得まで保証しても、そこから先は、なんの責務なし、形だけの慈善事業

それがわかっているから、びえいは、今回、国が、こういうことを言ったことに不信を持ってる。

職業訓練を受けた人にだけ、手当を支給する」

なんだろう・・・、後ろに、官僚の天下り先斡旋事業なら視得るけど

そのためと この 言葉の 裏にあるものは、なんだろう?って思う