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商い用語「日本語」 もったいない さん 様 殿

言葉で、「相手を限りなくもてなす」要素を持ってるのが、日本語だと思う。

日本語は、ややこしい。

目の前に、一人のおっさんがいたとする。

「よ!じじぃ」と、いきなり挨拶するのは、失礼かもしれない・・・

相手の特徴を見て

「よ!はげ」と、いきなり挨拶するのも、失礼かもしれない・・・

(いや、失礼だろ。と、友人なら言うだろう)

びえいが、思うに、どこの国にも、初対面の相手に対して、「丁寧語」を使うまではあるけど、日本語のように、「様、殿!、お○○、ご○○」まで付けて、相手を持ち上げる余計な言葉は使わない。

尊敬語 とか 敬譲語 とか ややこしい言葉 日本語だけだと思う。

そう思った時、びえいは、こんなにややこしい言葉になった背景を思った。

背後に、「国家間の立場の違い」や「商いがらみ」があれば、ストレートな言語よりも、より、「あいまい」で、「明確でない答え」を用意しておけば、時間稼ぎできる。

時間稼ぎをするための「あいまいな言語の誕生」 ・・・ とりあえず、たぶん、おそらく・・・とかね。

時間稼ぎする意味は、相手に、こちらの思惑を気づかれるのを、遅らせるため。

戦略的に作られた言葉。それが、「あいまいな言葉」が誕生した背景にあったんだと思う。

そもそも、「もったいない」という言葉は、言葉にしなくても、困窮した生活を送った者たちの中で、当たり前のことで・・・

あえて言葉にする必要がないってことだと思うんだ。

それが、あえて言葉にされて生まれてきたという背景には、「商い」がある。

無駄を徹底的に省く。いただきものを、もったいなくも、いただく。

もったいない。 

日々の生活の中で、祈りとともに生まれた?言葉とは、思えない。

大事に大切に 無駄なくいただきあげる。って気持ちのほうが、もったいないの意味の背景にかなってる気がする。

お客さんは、神さん。だから、神さんに、無駄なくいただきあげる。って気持ちが、もったいないって言葉の真実な気がする。

そう思えば、日本語の中に、これだけややこしい言葉が存在することには、利点を感じる。

びえいには、商いには、日本語を多用すべきだと思う。

どうしてかっていうと、商いには、得てして「あいまいな答え」を必要とする場合がある。

さらに、「物を大切にするのは、商いにとって、もっとも最重要課題」だから。

だから、商いのためだからこそ、「もったいない」という言葉が生まれた気がするんだ。

びえいは、英語は、しゃべれない。けど、翻訳ソフト使って、あちらさんの言葉を、日本語に訳して読むので、読める。けど、あちらさんの言葉で、日本語の「あいまいな言葉」を、正しく翻訳できてないのを見てきて、不思議に思ったんだ。

日本語のあいまいな言語の誕生には、何があるんだろう?って・・・

そこに、この国の未来がある気がするんだよね・・

商いの拠点ってのは、「商品が集まる場」だけじゃないよね?

「取引交渉を行う 場 」も、そうじゃない?

相手の 思惑に乗って、明確な答えを すぐ答えなければいけない状況を、なるべく遅らせるための 言葉

それが あいまいな言語の存在意義

後から、相手から、「あの時、君は、こう答えを出したはずだ」と問い詰められても

「そうは、答えていません^^ こう答えたはずです。「たぶん・・とね」と・・」

汚かろうが、姑息だろうが、商いには、かけ引きがあるのだから、「あいまいな答え」を用意しておかないと、いけない場合があると思う。

そう思うと、「日本語を、商い交渉の場で、多用化する」ことのほうが、有利な気がするのが、びえいの戦略なんだけどね。

明確さを求められる場で、あいまいな言葉を使えない言語を用いて商いをすることは、きわめて 不利

出来れば、英語に、もっと「あいまいで、不明確な言葉」が生まれてきてほしいと思う。

そのほうが、おもしろいから。商いならねb

あいまいな言葉の話から反れたけど、「様、殿!」とか、生まれた背景については、こう思う。

この言葉は、対人交渉の場で、相手に対して、お互いの立場を明確に示す意思を伝える言葉だよね。

私は、あなたを尊敬している。私は、あなたより劣っている?ないし、私は、あなたには、敵わない者です。という、意思表示を示す言葉。

隣人同士ないし、友人関係で、この言葉がいるかい?

なんか、へりくだってて、付き合い辛いだろ・・・こんな言葉で会話してたら

想像してみろ。

これらの言葉の背景を・・

相手との立場を明確に表す言葉ってのは、商いの場でのみ使われる場合が多い。

つまり、もともと、「商い用語」として生み出された言葉が、「敬譲語」「尊敬語」だってことだ。

商いの場で、あえて 相手を持ち上げる言葉を使うことには、交渉を有利に運ぶないし、「あいまいな言葉を多用する場で、「答えへの明確さを求める相手」に対して、「相手の怒りを静めるために生まれた言葉」が、敬譲語、尊敬語 な 気がするんだ。

びえいは、日本語を用いた交渉の場で、これらの言葉が使われる背景を視る

交渉っていうのは、「相手に、思惑を知られてはいけない。」「相手の有利に運ばせてはいけない。」「相手の怒りを静めなければいけない。」「相手に妥協させるまで、時間を稼がなければならない。」

そのためには、これら、「あいまいな言語」「相手との立場を明確にした言葉」が必要になってくる。

補足

漫画が、こんだけ世界で読まれるようになって、私たち日本人よりも「日本語を理解している全世界JINがいる」のに、

なぜ?あえて、英語で交渉する必要があるんだろう?と思う。

世界で、もっとも、グレーゾーンで交渉できる言語が、日本語なのに・・・もったいない。