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家畜の生態調査 なぜ?家畜は、一人の畜農家では、満足しないのか?

祖父と母と父と私の視てきた 人

注意事項:男性陣には、不快な内容かもしれないので、読むべからず

私が、家畜に興味を持ち始めたのは、4歳ぐらいから。

きっかけは、「生態としての行動」に対する興味は、父とともに、アダルトビデオ鑑賞会をしてきて、自然と根付いたもの。

ダイレクトに、「男」として意識し始めたのは、「恋」を初めて知ったときからだと思う。

なぜ?畜農家は、家畜に恋をするんだろう?

なぜ?家畜は、畜農家に恋をするんだろう?

双方の「恋」の中身は、違うと、研究結果 わかっている。

畜農家が、家畜に「恋」をする背景は、

「今後の成長を楽しみにしてから。(ほっとけない。って女の感情がそれに相当する。」

「肉質(良い遺伝子を持ってそうとか)」

「血統書付きレベル(等級のことね。社会的成功者の証?ってとこか」

そこらへんを、よーーーーく吟味し、観察した結果、畜農家の生態に備わった「母性」という機能が働いて、

結果、恋をする。それが、畜農家特有の生態から生じる「恋」の背景だとわかってる。

畜農家にとって、家畜の育成は、多大な努力を要する。

これ!と決めた家畜には、全力を持って、育成のために力を注ぐので、

めったに、畜農家が、他の家畜を増やすないし、他の家畜に鞍替えすることは、ない。

時間がないからだ。育成には、時間とエサがかかる。他の家畜を増やす余裕がないからだ。

それが、一頭一途な畜農家の 恋 の背景。

対して、家畜にとっての「恋」とは、「エサを欲する純粋な欲望」によるものだ。

近年の家畜は、デジタル化し、アナログ的飼育を必要としない種への進化が顕著に現れている。

理想とする家畜育成方法を、声をあげて欲しているのに、見向きもしない畜農家が増えてきはじめているのが、背景にある。

近年の畜農家は、家畜育成への興味が薄れている。ダイレクトに、他の畜農家が育て上げたであろう「それなりの等級のついた家畜」をターゲットにしている。

つまり、求めているのは、「肉そのもの」だということだ。

家畜は、えさに釣られて、餌食となるとは知らず、近づき・・・、骨の髄まで、搾り取られて干されるのが運命。

それを、近年の家畜は、本能から感知し、危険生物「吸血鬼」となった畜農家には、近づこうとはしない。

なので、デジタル化された飼育システムへと進化を遂げたとも言える。

しかし、私が生態調査した家畜の中には、畜農家を渡り歩いている家畜がいた。

現在用語で話せば、重婚、ないし、不貞、不倫、浮気、一夫多妻、一妻多夫ともいう。

この言葉の中で、一妻多夫は、畜農家が、自己の生活を維持するために、量産できる家畜の育成方法を取っているに過ぎない。

一頭の家畜が死んでも、もう一方の家畜が、それを補うというシステムだということ。(実際には、法律が作用し、禁止はされてはいるけどね。まあ、背景は、こう。最初から「等級の付いた肉」を手に入れた畜農家は、その余裕から、「他の家畜の育成」に手を伸ばし始めるということ。)

では、一夫多妻とは?

家畜は、一生「エサ」を欲する。

一日に食するエサの「量」寄りのもの ないし 食するエサの「質」寄りのものとに、家畜の中にも、傾向がある。

「エサ」とは、実際に食する「エサ」でもあり、性欲を満たすための「エサ」でもあり、ストレスを改善してくれる環境そのものも「エサ」とも言える。

家畜は、自身がどういう生物であるか?わかっている。

なので、よく、自らのことを、こう言う。「男は、皆ばかだから」と・・・

なぜ?この言葉が出るのか? 決してばかではないのに・・・

これは、「家畜に備わっている生態」に勝てる「理性」はない。という敗北宣言なのだ。

寸前までは、理性を維持できる。なのに、トガがはずれてしまう・・・ということ。

なぜ?一頭の家畜は、自身を高めてくれる存在「畜農家」を たった一人に絞れないのか?

たった一人の畜農家にとって、「手塩をかけて育てる たった一頭の家畜」としての存在であっても

たった一頭の家畜にとっては、「自身を高め育て上げるには、よりよいエサを得たい」という「理性では止められない欲望」があるからだ。

それが、家畜が、畜農家 ないし 育成システムに対して抱く 「恋」というもの。

以上、各々の生態に関して、研究結果を発表しました。

双方の生態は、まったく違う。

「なぜ?男は、浮気をするのか?」という題名でもよかったのだけど、生態について研究してきた びえいとしては、まずは、説明からはいるべきだと思ったので。

びえい としては、生態なので、家畜の生態活動に対する避難はない。

だけど、恋をしたら、たぶん、許せないという気持ちになるだろう。

余談だけど、最近の畜農家の傾向

最近の畜農家は、「多数の家畜」を保有している傾向にある。

失恋したくないから。っていうのが、理由にあげられるようだけど、びえいは、そうは視ない。

これも、生き残りをかけた畜農家としての本能だと思う。

最近の 家畜は、デジタル化された育成システムに偏っている。

それは、アナログとしての存在の育成システム「女」を必要としなくてもよくなったからだけど

畜農家は、それを、本能から感じ始めている。

その影響で、「育成にかける時間」を優先順位に選ぶよりも(時間をかけて育む愛の期間のこと)

ダイレクトに、「上級の肉」を得ることに戦略を変えた。

それは、なぜか?

デジタル化された家畜が逃げ出してしまう可能性が高いことを警戒して、時間をかけて得られる「利益」を待つ戦略を捨て、短時間で得られる方向に戦略を変えてきはじめたからだ。

現在の 畜農家に視られる傾向に、「吸血鬼より」ないし「複数の家畜を保有」する傾向にあるのは、

明らかに、現在の家畜は、育成にかけるだけの時間をかけるには、危険。

いつ?逃げ出されるか?わからない。という、自身の畜農能力への自信のなさ。

が、顕著に現れているからだ。