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ありがとうございます 「よい文章」なのかなーー;

コメントがされていたことに、今頃気がついた私

直接、コメントにお返事は出来ませんが、ここで、お礼します。

このブログは、「かなりクセが強い」ので、

たとえば、「長い」「文字ばっかり」「意味不明」「エロい」「ギリギリ・・」とかの印象があるってことです。

「常連の方たち」は、かなり特殊な方たちが残っているし(よく、いままで付いて来てくださったという感謝の気持ちの言葉です)

「よい文章」という言葉は、初めてです。ありがとうございます。

大抵は、「長すぎる」だの「意味不明」だの「訴訟起こされても知らないよ」だの評価されてきました。

「推敲しなさい」と言われたときは、「推敲」の意味がわからない。それを調べても、わからない。それで、悩み・・・苦しみ、

ようやく、「こんなもんかな」ぐらいに思えて来たとこです。

「評価を甘んじて受け入れる度胸のない者は、書く資格がない」とも言われたことあります。

なので、本当は、「書く資格」ないのです。

なので、「決起」した当初は、「自分が、自分に向けて、「それでも、書くよ。腹くくりな。」と宣言して、書いてます。

人には、絶対に引けない時がある。

私が、見逃したこと・目をつぶった事は、いずれ、同じ思いを、誰かが受ける。

受けた誰かは傷つき、なぜ?それに傷つくことになったのか気付けないまま、時間は流れる。

傷つけた側は、気付かないまま、繰り返し

傷ついた側は、なぜ、こんなことになるんだ・・・と、悩み、

そのどちらも視えてる者も居てね。「わかっているのに、言わない」

そして、あの時、

「それを利用している自分も嫌い」って声も聞こえてきたんだよ。

「自分を裏切り、自分が傷つけた者から、目を背け、これでいいんだ。と、自分を納得させた。なのに、苦しい。」

その声がね。私に届いたの。だから、書かなきゃいけないと思った。

それが、私が「決起」した理由。

「自分が、自分を裏切ることは、辛かっただろ?」

だから、苦しいんだよ。君は・・ もう、伝わっていると思ってるから、書くね。

今は、このブログは、ブログを起こした当初の宣言の通り

「ここでは、自分が、自分に うそのない 言葉で綴ること」を誓う。

コメントを寄せてくださった方には、応援ありがとうございます。

がんばれ。と、言われることは、すごくありがたいです。

でも、「誇張せず」「傲慢とならず」に、「自分」を維持出来るか?と言えば、出来ないところがあるので、期待はしないで下さい。

お調子者なので。しかも、小心者です^^

私の器は、「底がしっかりしてると思って、水を注いでみたら、底が抜けてて、びっくりした。」みたいな、「偽りの器」です。

私の言葉は、「ちら視」ぐらいで通り過ぎていけばいいので、「一年後に来て、「あ!」と思えば、あなたが「あなたの中の答え」にたどり着けた。そんな「きっかけ」になればと思って書いてるので。

真剣に、読んではいけません。

私の書く物は、「そのまま」 信じちゃいけません。

だけど、「想像力」を働かせることを、忘れちゃいけません。

「答え」は、全て、「ご自分の中にある。」のですからね。