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性教育について 父親の役割 介護は 恥ずかしがってちゃやれない 性犯罪防止策も

うちのおやじというか おっさんの話

もう常連組ならわかってると思うけど、私が、「アダルトビデオ」関連平気なこと。

平気じゃないんだけど、母が、ダイレクトな人だったから、それに対しては抵抗はしてたほうだったので

でもまあ、父との関係で、不思議に思うかもしれないことを話すことにしようとおもう。

亡き父は、マグロ漁師。一本釣りやってた。

だから、港の男はー、女を泣かすー とか演歌あるけど

女遊び しまくってた。母が言うからそうなんだろう

家に連れ込んでたしね。

羽振りがいいと、男は、調子こく。

「好きなだけ使え。俺のおごりだ・・」ってのが、男のステータス。

今の時代の男性の中にも、そういう「施しをすることが男の生きがい」って人いるでしょ。少ないけどーー;

バブルの頃は、私は、付き合ってた男性から、全ておごりだったから、女が、男に誘われて、「食事代、払う?!」ってのは、「ありえねぇだろ?」って感覚の時代の生き物です。「割り勘・・ありえねぇーー;」って感覚あります。ごめんなさい。

女から、「私も払うよ」って言ったら、NGでね。

おまえ、俺に恥かかす気か?って、怒られたことあるから、言えない。

父も、そういうタイプ

こっちが、頼んでもいないのに、「男の子がほしがりそうなおもちゃ」ばかり買ってきてた。

おままごとなんて、したことない。

変なおっさんだな。。って思いながら、睨んでた。いつも。

いつ帰るんだろ?こいつってね。父ってものが、どういう存在なのか?わかってなかったから。

で、本題だけど、私が、アダルトビデオを始めて観たのは、

父が、近所のおっさん仲間からレンタルしたビデオが始めて。

男が、一人で、真っ暗闇の中、ビデオ見てる。そこを発見した。

私が、幼稚園に上がる前だったから、4歳かな。

ここで、「なにを」説明するのは、NGなのでしない。

けど、普通なら、小さな娘に、父親の情けない姿発見されたら、慌てるものだろ?

それが、うちのおやじは、「お。おまえも、いっしょに観るか?」って誘ってくれた。

「おまえも、いつか、お世話になるんだから、勉強しとけ」とか言ってた。

私が、感動したのは、女の身体の美しさ。

はじめて、母以外の つやつやした張りのある体をした「若い体」を見たこと無かったから、すごく感動したんだ

女って、こんな身体になるんだ。。。ってまじまじとみたな。

ここから、女体を想像して書くことや人を描くことが好きになったんだと思うな

父は、アダルトビデオ鑑賞会を、私が中学になるまで、一緒に鑑賞してくれた。

母は、呆れていたので、「エロ親子 ばーか」って言いながら、諦めてた。

それぐらいしか、おやじとの「話題」がなかったから、しかたがない

そして、父は、親子の会話の中で、大事なことを私に教えてくれた。

「いつか、お世話になる物だ、よく観とけ。これが、男のシンボル」

私は、ふーん。と言いながら、見慣れていった。

「おまえな。男は力が強いんだ。女のおまえは、男の締め方を知っておかないといけないぞ?」

どうやるの?と聞けば、男の急所の「締め方」(潰す。切る。)を教えてもらう。

私が、男と付き合い始めると、すぐ嗅ぎつけて

「おまえ、しつこいとこあるからな。気をつけろよ。男は、ほっとくのがいんだ」

その横から、「ほっとくと、どっかの虫が憑いて、困るけどね^^」って母・・・

「まあ、金だけ落としてくれれば、用はないよ。しっしっし」

「これが、男の扱い方に慣れた女のあり方だ^^;」と言うおやじ。

こんな会話が出来てた頃があったなぁ・・・って思い出したなーー;今。

私は、父親ってものが、わからないけど、

このときの記憶が蘇るってことは、父は、ちゃんと「父」やってたんだと思う

そして、父親の役割で、一番大事なことを、私に教えてくれたんだな。

父親が、娘のために出来る「親心」ってのは、

いつか、娘が、「女」になる日、「女に目覚める日」のために

男という「男体」に慣れさせる。(鑑賞会)

もしものことがあったとき、「女の力」の限界を知らしめる。

そして、「男の弱点」を教える。

これが、父親にしか出来ない大事な「仕事」なんだと思う。

性について、どう説明していいか?悩んでる「おとうさん」「おかあさん」いると思うけど

娘には、「父」が、「男の弱点」を含め、「女になる前の準備と覚悟」を教えてあげなきゃいけないと思う。

これは、興味を抱く年頃になる前から、慣れさせることが重要な気がする。

父の介護を経験して、いま、母の介護をしながら

「人の体」を「観察」する。

「男と女の違い」を隠すことなく、「見る」

これは、大事。

慣れていると、危険性について、後々、再認識できるから。