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思い出したこと 私が経験することに共通すること

最初の経験は、人を助ける ことと 人から責められる ことと 人に擦り付けられる ことだった

小学1年のときこんな事があった。

同級の男子が、同じクラスの女の子の髪を引っ張って走っていた。

女の子が嫌がるのに、やめようとせず、まわりに男子が数人いたけど、

「もっとやれ!あははは」と煽って

それは、「集団での嫌がらせ」の様子だった

女の子は、奇麗な長い髪のかわいい雰囲気の子だったけど

痛がって、泣いてるのに、抵抗をせず、ただ「やめて やめて」と叫んでた

まわりでは、様子を遠目から、伺ってる。

誰も助けようとしない。

私は・・・

気がついたら、男子の腕をねじこんでた。

男子は、「痛てぇ!」って、怒ってたけど、

私の「怒りの形相」に、震えて泣き出して、職員室がある方へ走っていった

「先生、こいつ怖い。助けて」と先生を呼び出す

私は、先生に腕をつかまれ、職員室まで引っ張って連れていかれる

「なんで、二人をいじめたの?」と聞かれて ショックだった

男子は、先生に、女の子をいじめたのは、私だと嘘をついた。

髪をひっぱられた女の子は、何も言わず、ずっと先生に抱きしめられて

泣いてた

男子も  (笑ってた。女の子を睨みながら

先生は、ちょっとした表情の変化に気付かない

真相を話そうとしたら、男子が泣き出す

そして、また

「あなたは、ここに居なさい。二人は、教室に戻っていなさい。」と、二人だけ返して

「あなたは、どうして、そんな悪いことをするの?」と

私の話を聞く気なしで、ただ、一方的に責めた

このときから、私は、大人は信じない。誰も助けないって決めた。

人と距離を置きたい。危険だから。それも、これからだったとおもう。

大人を恐れていたなあ。

過去だけど、今の私があるのは、この過去から学んだこと と

それからその後の出会い

「方向転換する日は、必ず来る」

出会いには、二種類あるから

ただ「出会う」のは、「すれ違い」だけど

「会って別れて さよなら〜」って意味。

はっと!する瞬間がある「出会い」は、「その時が来た瞬間」

「はまる」っていうのかな

「雷が落ちた」瞬間って意味。

これがあった。だから、いろんな方向から視ることの大切さを覚えた

これは、初めて誰かに打ち明ける話

とりあえず、今なら、こう言える。

あの時の 先生は、まだ「その時」を迎えていない未発達な大人だった

見てみぬふりは、今の私なら「利害があるかないか」で判断するだろう

(関わらないほうがいい。あなたには、お母さんを守るっていう大事な仕事があるだろう?ばかなことをするんじゃない。と、言われたことあるけど)

臭い物に蓋をする。ってことは、決して間違ってはいない。

人生の大半は、そのやり方のほうが、うまいことやり過ごせる場合もある

ただ、「子供は視てる」そういう大人をね

追記

あなたも、「子供から視れば」

おっさん、何してるの?そこ退いて。じゃま。

ってだけの「うざ。このじじい」ってだけのことで

それで「ける」に繋がってる場合もあるかもよ?