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遊べて、学べる。創り手さん、勝負を賭けて。

ゲーム アイデア

ネトゲ依存症という言葉を最近耳にします。私は、これを聞いて思った。

「今頃かよ・・・おそ」

ネトゲ依存症の症状については、いろんなパターンがあるので、一つの答えを出すことはできない。

だけど、ネットゲームにはまりすぎて、現実の生活に支障をきたすという点だけは、共通していると思う。

私もその一人だから。

私は、ゲームをプレーすることよりも、ゲームをプレイしにきたプレーヤーの状況を観察すること調査することが好きなので、ちょっと依存症という点からいったら、当てはまらないかもしれない。

私は、ゲームは好きです。特に、ネットワークを通じてプレーするゲームが好きです。

いろんな可能性を秘めています。可能性を考えると、寝ても覚めてもわくわくします。

まず、私が好きなネットワークゲームの代表として、大規模大多数同時進行型のRPGについて思うこと。

この手のゲームを開始する前に、まずこの手のゲームの背景には、このゲーム世界の根幹であるシナリオと舞台がありますね。

どんな舞台か?どんなシナリオか?

私たち旅人が、ゲームの世界を舞台として、その中の舞台俳優となってシナリオを進行していく。

普段の自分とは違う自分を演じる。

自分の中にある「もう一人の自分」に気がつく。「俺って、私って、こんな面も持ち合わせていたんだ・・・」と気付かされる。

普段は、おとなしい自分が、この舞台に立った途端、自分の中に隠していた自分に気付かされる瞬間。

この舞台とゲームシナリオは、そんな旅人に「演じる」というきっかけを与え、「演じる」ことで、「自分の中のもう一人の自分」と出会うきっかけを与える。

なので、プレーヤーからこんな言葉が生まれてきたのではないかと思う。

「ネットとリアルは分けてあるので・・・」とね。

これは、はまりすぎて、「演じている自分」と、「現実世界での自分」とが、ごっちゃになりはしないか?という恐れではない。

はまってしまっている。はまりそうである。はまりかねない。その恐れを感じた。

だから、自分は、ちゃんと「現実」に戻るんだ!と、自分に言い聞かせるために、こう言葉にして言うのだとおもう。

他人に対して言っているのではなく、危険を感じている。「現実」と「夢」との区別がつかなくなってしまいそうだから、自分に言い聞かせているのです。これは、「夢」。これは、「舞台」。いまは、それを演じているだけなのだ。とね。

演じるってのは、なんだろうね?

現実世界では、演じてないだろうか?自分をね。

現実世界では、現実社会そのものが舞台で、普段の生活リズムそのものが、シナリオではないだろうか?

言いたいことは、こうです。

どう演じようと、台本が用意されていない点では同じこと。台詞が用意されていますか?

その舞台で、演じる自分そのものが、自分の中から沸き起こる感情や思いから言葉を発しているのだということ。

これがどういうことか?

結局ね。どうごまかしても、そこで知ってしまった自分の姿、それも、自分なのです。

もっと言えば、どんな自分を発見しようとも、それが、「自分を発見した瞬間」なのです。

こっから本題移ります。

創り手へ。これは、私の独り言ですから、気にされないでもいいです。こんなことを言っているやつがいたぐらいで、受け流してくださってかまいません。

いまのゲーム世界の立て方、シナリオのあり方には、欠けている「思い」があると思う。

まず、RPGにこだわる故に、舞台とシナリオを用意する点は、はずせない。はずしたら、ゲームそのものが成り立たない。

「普段の自分とは違う「自分」を演じられます」にこだわる余り、創り手からのそれ以上のアクションを感じられない。

欠けているのは、そのアクションを起こす勇気です。

私が創り手だったら、この状況をみて、こう思うだろう。

「演じることで、新たな自分を発見するきっかけになってください。その自分を発見する瞬間、貴方の新たな未来が開けるのです」という思いを込めて、創ります。

「俺って、私って、こんなやつだったんだ・・・」って、ショックを受けることがあるかもしれない。

「俺って、私って、こんなことやってしまえる勇気があったんだ」って、自分の意外性に気付くかもしれない。

どんな自分を発見しようと、それは、今後の自分にとって、糧になります。

発見することは、可能性が広がるということです。

どう思いを込めましょう?さてと・・・

完全に現実社会とは違う舞台を用意することは、かえって不安を与える。ということ。

ネットワークゲームは、1・2時間程度のプレーでは済みません。

現実に戻ったときに、「時間を無駄にした」という気持ちが、どこかで、負い目となって自分を責めます。

ようするに、現実社会に戻ったとき、役に立つ「知識」や「情報」を得られない。時間を潰した・・と思ってしまう自分が居る。

このことを気にかけてあげなきゃいけません。この点が、創り手には、欠けている。

人は、死ぬまで、学び続けたい生き物です。知りたい。知識を積みたい。役立てたい。この欲求を持っています。

新たな自分を発見するきっかけと、社会に通用する知識を得られる。そういうアクションを起こしましょう。

私は、一番得たい知識があります。

「健康な体を作るための食バランスの取り方」です。食育のことです。自分の健康に気遣ってほしいから。

「体型に応じたファッションコーディネート」です。色彩感覚を意見を交わしながら、自分にあった自分色を見つけ出す。

「英語や韓国語・中国語の語学力」です。ゲーム世界が、全国共通語で楽しいですか?

「お年寄りへの接し方・介護」です。「若さ」と「老い」が、どんなに差があるか?実体験してみなくちゃわかりません。

「自然の成り立ち・自然破壊の理がどうなってそうなるのか?見たい」です。「自然淘汰食物連鎖が、どうやってバランスを崩すのか?そのきっかけは、たった一匹の虫を殺しただけでも、崩れてしまうという体験をしたことから、提案しました。

「男性の心の声・女性の心の声を、見たい」です。意外と、単純だったりする異性間の感じ方の違い。普段は聞けない異性の心の不安や思い方を、「覗き見・盗聴する」というイベントを起こすことで、触れさせたい。発見できることがあると思う。

「夫婦喧嘩・夫婦のコミュニケーション・妻力・夫力の起こし方を、見たい」です。これは、シナリオを起こすことで、それを演じてもらうことで、「振り返る」きっかけになってもらえればいいです。

「実際にある観光名所をシュミレーションで回ってみたい。旅行の計画を立てるのに役立てたい」です。これは、他国へのアプローチ。日本は、いま観光立国化しようとしています。アクションは起こせるはずです。

「野生動物の生態を、正確に知りたい」です。せっかくの野生動物とのふれあいが、ただ単に、ノンアクティブモンスター設定か?アクティブモンスター設定か?で、処理されるのは、もったいない。せっかく知り得る「野性の実態」を実体験してもらいましょう。

「お祭り・カーニバルの日を決めましょう」です。出来れば、音楽隊を編成できて、町から町へと練り歩くカーニバルが出来たらなあって思います。巣篭もり状態の日本だからこそ、「お祭り」という人がにぎわう風景・共通の話題になる「みんなが一つになって、一つのイベントに向かって、共同で何かを起こせるアクション。」これを、体感してほしい。

ボスイベントもそうですが、あれは、争いだからね。取り合いのね。こちらは、争いではなく、馬鹿騒ぎ^^vあはは

あとは、まだ思いつかない。とりあえず、これだけ。

さてと、あくまで、これは、私の独り言ですよ^^でわでわ♪